Universe State
現在の閲覧者数:

Ⅻ.ニュー・クリエーション
「起源意識」は本来、「名」と「物」以前であるため「名前」にすら出来ませんが、それでは話になりませんので、
「起源意識」という名前を命名しました。

しかし元来「起源意識」の名前として最も相応しいのは、「わたし」です。

「私(わたくし)」ではなくて、
「和多志」が相応しく、
多くの志が和したものです。(集合的融合有意識)

然るに「和多志(わたし)」が無ければ何も存在しない事に成ります。

宇宙を創造する志(意図)である多くのエネルギー体(自分)が、和(融合)したという意味です。

日常的にわたしたちは、「わたし(和多志)」という表現で「自分」を表現しているところからみると、総ての人に「わたし」を名乗らせることで、総ての人が「わたし(起源意識)」であることを「起源意識」は納得させたかったのです。
(わたしの物という表現・意味は、「和多志」即ち総ての人の物ということになる)

その志を継ぐには、万物・万権の共用により、差別や区別がなく、総ての「わたし=起源意識(表現を超越する、ありてあるもの)」が仲良く楽しく生きられる社会を創ることです。

これが「自分は誰?(人間とは何か)」の解答に基づく社会です。
(起源意識としての使命であり責務、「起源意識国」の創造)

しかしこれに反して、「起源意識」は現在地球上で「自我」となり、
自我社会構造(資本主義・市場経済・お金と税金のあり方)を確立し、
自らが喘ぎ苦しんでいるのです。

そこで問題は「起源意識」であることを理解できても、
実際にどのようにして「起源意識」に戻るかの方法がないということです。
(本書はその具体的方法を書いたものです)

本題に入りますと、「起源意識」に回帰するには前述の「我己」の獲得が「自我」形成の根本原因であるがため「私利」・「私欲」・「私略」・「私物」・「私用」・「私語」を、使わずに済む環境の確立が必要になります。

しかし、これによって自由がなくなる訳ではありません。
(「起源意識」へ生まれ替わればよいだけのこと=即身成仏:生きながらにして「起源意識」)

「私(わたくし)」という名がありますが、「私」の意味として、
「よこしま、ねじ曲がり、一人よがり」と辞書に記載があります。

これは私的な発想、例えば一人だけよければ、何をしようが、何を話そうが、何所へ行こうが関係ないというような考え方を中心に、自慢や自己主張ばかりする「私」という存在(自我)がいることを示していると考えられます。

これに基づき「私(わたくし)」を主張(使用)しない方法で一人ひとりが、
「私(自我)」を滅却(「起源意識」への回帰)するのでは苦痛を伴い至難の業です。

また方法そのものが、その性質上「自我」自らが努力することであり、
「自我」自らの努力である限り、「自我」として在り続ける事に何ら違いはありません。

つまり根源的な脱皮ができない誤った方法論であると考えられるのです。

しかし、不慣れな経験をすることによって、希に「人体」と「自己」の分離現象を起こす場合があります。(「自己」の範疇を超越した世界と繋がる)
しかし、分離した「自己」はどうすればよいか戸惑うばかりなのです。(具体的に何をすればよいか判らない・糸の切れた凧状態で考え方が地に着かなくなる)

例えるならば淡水魚が海水に入れられパニックを起こすようなものです。(過去においてヨーガや瞑想、宗教奥義や儀式によって同様な現象を誘発させる事も可能でしたが、現実の世の中に変化が何もみられない事から推測すれば、現在では形骸化された作法のみで終わっている場合が多いと思われます)

うまい具合にパニックを通過(ブレイクスルー)し、
入れられた海水の環境を淡水魚に適した環境に作り替えればよいのですが、
パニック状態をブレイクスルーする事は大変困難である為、
次のステージ(「起源意識」の完成段階=世の中の完成)に入るだけのゆとりがなかなか持てないのです。

それどころか最悪の場合には、「自我」が「起源意識」だと思い込む事もありえるのです。
よって、一個人や一集団でのブレイクスルーでは不完全と言え、
全体が「起源意識」である事に気付くように、
全体がブレイクスルー出来る方法を考えなくてはならないということです。

ですから共用を基盤にシステム化した生活圏を作れば、
「私」という主張や発想を止めることが出来るようになり、
この方法ならば害虫「自我」は努力する事なく、
「自我」の存在自体が薄れていき衰弱(消滅)させる事が可能であると考えられるのです。(全体の完成を目指せる)

簡単な例をオタマジャクシ(自己)とカエル(起源意識)に例えれば、
オタマジャクシが幾ら大きなオタマジャクシになっても陸地で暮らす事は出来ません。
それが成長してカエルになれば陸地で暮らす事など当たり前になります。

カエルにとっての理想は、オタマジャクシとして水の中で暮らす事ではなく、
カエルになって水陸両用で暮らす事であり、
カエルになる以外に理想に到達する方法はありません。

つまり精神面(魂=人精)の完成が、世界を替えるきっかけとなる訳です。

即ちオタマジャクシにとっての理想世界が現在あっても、
カエルにとっての理想世界は未だないのです。(現在の世界は虚偽であり過程であることになる)

わたしたちが成長して「起源意識」になるということは、
まさにオタマジャクシとカエルの例え話そのものということです。

であるならば、オタマジャクシ(自己)のままでカエル(起源意識)の真似をさせるのではなく、カエル(起源意識)になれる世界を創る事が最も重要であるという事になります。(理想が叶う世界がないので、これから創らなければならない)

これに反して世の中を替える事なく携帯端末や人体にマイクロチップを埋入して、
マインドコントロールや情報操作による地球規模の人類監視システムでは、
総ての人々をカエル(起源意識)にさせず、オタマジャクシ(自己)として飼育する事になります。

しかし総ての人が、カエルである限り、
オタマジャクシとしてコントロールしているうちに、
コントロールされている側も、している側も精神的に異常をきたしてしまいます。

またオタマジャクシにカエルになる話を聞かせれば、早くカエルになる努力をしたり、カエルの真似をしたがりますが、知識ばかりが多くなり過ぎて頭の大きな大頭ジャクシになり、カエルになりにくくなることでかえって苦痛を与えてしまいます。

「自己(オタマジャクシ)」を鍛えて、立派な「自我(偽カエル)」にするならばこれでいいのですが、「自己」は鍛えなくても時が来れば「起源意識(カエル)」になります。

問題はカエル(「起源意識」カエル)になれる季節(時期・年齢に達しても)になっても、カエルになれないと言う点です。(オタマジャクシは元々カエル)

夏が来てもオタマジャクシのままでカエルになれない原因、これが社会構造(資本主義、市場経済、拝物拝金思想などによってもたらされる社会矛盾)にあったのです。

子犬が犬になるのとは異なり、
カエルはオタマジャクシ(幼生)というまったく見た目にも、機能的にも、異なった段階を経てカエルになります。

これと同様に「起源意識」は、目にこそ見えませんが、
○○さんや○○君(幼生)という「起源意識」とは
まったく異なった「自己(オタマジャクシ)」の段階を経て、
成長した「起源意識(カエル)」になります。

問題はその過程の中で「我己」ウイルスに感染すると、
オタマジャクシでもカエルでもない「自我(オタマガエル=偽カエル)」になってしまうことです。
ですから本来ならば既にカエルになっているはずが、
オタマガエル(自我)になっているのです。(オタマガエルはカエルではないにもかかわらず、カエルになったつもりになる事もある。また、もしもオタマガエルがカエルであると錯覚したならば、世界中は化け物によって支配されることになる)

これを修正する為にはカエル(「自己」をブレイクスルーした人=利他的な発想が出来る人)に成った人々が、苦痛も無く自然にオタマジャクシやオタマガエルからカエルになれる世界(社会構造)を創ってあげることです。(人情の世)

その方法の有力候補がカエルの世界(「起源意識」の世界)を創り、
カエルであった事を体験させて、目覚めさせてあげることではないかと思います。

カエルの世界を創りカエルとして跳ねさせてあげれば、
カエルであった事にきっと目覚めるに違いないと・・・。

これがUni-Earth Cityの建設及び地球国の必要性なのです。

現在の○○さん、○○君ではない本当の自分(起源意識)へと替わらざるをえないように、宗教や世界の国々も夢や理想の実践が出来る地球国(起源意識の国)へと替わらざるを得ない時期がいよいよ到来したようです。

「自分は誰?」の解答に基づく社会(地球国)を創らなくてはならない事が理解できる人は、必ず世界を動かす天命(御霊)を持たされた人であり、世界を替える能力を持ち、影響力のある方々です。

だからこそ使命を持った人々によって「自我」を形成しなくてもよい社会を創り、
総ての人が起源意識として生活を営む事が出来る社会を創らなくてはならないのです。

「起源意識」であったことに気付く(頭・天岩戸が初めから開いていた事に気付く)ことが出来れば、
鈍かった魂は研ぎ澄まされ、
真眼が開き、
「起源意識」の声が聴こえ、
「起源意識」が観え、
誰もが真理(宇宙の起源・自分の正体)を悟ることができることでしょう。

そして「起源意識」として生活し、
「起源意識」の言葉で会話を楽しむことが出来るようになってしまうでしょう。

しかし、もしもこれを実行しない場合には、文明の勃興と衰退や経済のインフレとデフレによる犠牲者の創出を繰り返す原因を放置することになり、例え他の惑星へ逃げようが、新天地へ移り住もうが、やがて「自我(害虫の付着した林檎)」によって、腐った林檎箱が作られ林檎は林檎の木ごと全滅する予想は難しくないはずです。

コミュニティ造りで、もしも各コミュニティが異なったシステムで創られた場合、
特に教育(何を教えるか)と「自我」排除構造(物の所有形式)において、
有機的脈絡のないまま地球上で区々に造られると、
再び奪い合いや攻め合いが起こります。(争いの原因を残さない)

従ってコミュニティ造りを実行する前に、地球を一つの単位(地球国)とみなし、
理想的な社会構造を提案し、統合性のあるものにしておく必要があると思います。

今こそまさに世の中を創り替える時であり、
この大切な時期を逃せば地球は再生能力を失い廃墟となる予想は難くないと思います。(林檎の木が腐る時期の到来)

地球環境破壊による人類存亡の危機が問題であるが故に、
地球を一つの単位としてみなし、
「我己」を形成しないシステムを完備した新しい国を地球規模で確立する必要があるのではないでしょうか。

そこで「自由公生主義社会」と「自給圏経済」、
「自立維持管理型社会構造」と「お金や税金を必要としない生活空間」を基盤に、
「自我」を形成しない社会構造をシステムとして造ることは、
総ての人類が「自我」と決別し、人(起源意識)となる最後の手段なのです。

現状に甘んじて地球に住めなくなった時には、
社会的地位や名誉、お金や財産など何の役にも立ちません。(現状維持では必ず滅亡)

そもそも公務(公務員の仕事)自体がその性質上、
裕福で志の高い方々が自主的に、労力や財を投げ打ちボランティア的に行われるべきものです。

だからこそ、今のうちにお金のある人はお金を出し、
知恵のある人は知恵を出し、体力のある人は労力を提供し、
理想的なUni‐Earth Cityをモデル的に造り、見て体験することで広く世界に理解を求めることが大切です。

また税金を必要としない社会へ移行する為には、税金で生活している方々から先にUni‐Earth Cityへ移動して自立自活し、
実質的な減税に貢献していただきながら余暇で国政や県政や市政を行っていただく事が望まれます。

即ち、自らが衣食住を自給しつつ公務をボランティアでこなす。

まさに国民に人としての模範を示す事で、
公務員(国際的エリート)の鏡となれるはずです。

地球上の文明国で慣例となっている税金を集めて暮らす人(公務員)と税金を払って暮らす人(国民)の二局化及び、資本主義や市場経済などの矛盾が是正(公平化)されない限り、本質的な公平社会の達成はあり得ません。

理想空間Uni‐Earth Cityは、今後失政により削減される公務員や官僚、
減俸されて生活に苦しむ人々、「M&A(Mergers andAcquisitions、企業の合弁買収)」などによる競争社会から排出される失業者の救済エリアとしての役目を果たします。

犠牲者や自殺者を出すのは革命であり、犠牲を伴わないものが改革であると思います。
従って、政策として救済エリアを確保すること無く痛みを与えるような革命は、避けるべきであることも十分認識しておく必要があるはずです。

また政策上グランドデザインやファイナルビジョンが示せないものは、
公費の使途も不明確となり、政策とは言えないことも肝に銘じておかねばなりません。

公費を有効活用する意味でも、公害発生型で負の遺産が多い都市構造を改良や改造する方法では、本質的な理想構造社会へのシフトは望めません。
新天地に理想に基づく都市を造り、移り住んでいくのが自然なシフト方法であろうと思われます。

国家があり国民がいて、税金を徴収し公費として使える内に、
Uni‐Earth Cityを拡大させていく事ができれば、
お金も税金も必要としない社会へ容易にシフト出来ます。

転ばぬ先の杖ではありませんが、国に経済力があるうちに公費を投じて
Uni‐Earth Cityを造れば、総ての人に役立つ本物の公共事業を行う事が出来、
大恐慌時代のかっての米国経済を救ったニューディール政策をも超える、人類史上最後の大事業となるでしょう。

その過程においては総ての業種が潤うことで、人々は喜びながらUni‐Earth Cityを完成することが出来ます。

また完成に伴って仕事を終える人々(失業者)は、Uni‐Earth Cityに移り住むことで困窮を免れることが出来ます。
最終的にUni‐Earth Cityの完成後は、物づくりから維持管理運営へと社会構造が切り替わることで、延々と地球環境を壊し続けてきた物づくりは終わります。

この移り変わり方法ならば誰も傷つかず痛む者も無く、
新たな社会(生活様式)へとシフトできます。


現在抱えている様々な問題は、「起源意識」として生きていないことに端を発し、
その背景には限界に近づきつつある市場経済という社会システムが存在します。
自給圏経済の確立に基づいたUni‐Earth Cityを完成させてこそ人類は、
「起源意識」であったことに目覚め、人として生きることが出来るようになり、
あらゆる問題の解決が可能になります。

一個人という存在に分散していた「起源意識」は、
万物と万権を共用する暮らしをすることで自己主張(妄らに「私(わたし)」という名前を呼ばなくてもすむ)をする必要が無くなり、
魂(「起源意識」)で繫がることが出来るようになります。

そして魂(「起源意識」Crystal Spirit)の和した本物のコミュニティのネットワークが地球を包み込むことで、
「起源意識」はあえて「自己(自分)」として分散して存在する必要が無くなり、
悠久の時をかけた全体一体で機能できる成長した「起源意識」へと完成することが出来ます。

「起源意識」にさえ戻ることが出来れば、あらゆる諸問題や諸事情は「起源意識」が創ったのですから、解決することなど容易なことなのです。

その為には、人々の精神性の正常化(立て替え)を図る事が最も重要なのです。


次へ
XⅢ. Making of Uni‐Earth(地球国建国へ向けて)



Page Top


この改行は必要→







inserted by FC2 system